カンボジア③ – ヒッチハイクしてバッタンバンからシェムリアップへ

旅の記録
ヒッチハイク

バッタンバンに到着し、その翌日からすぐに10日間の瞑想合宿に参加した。
参加者は恐らく100人くらいいて、そのうち一割くらいが外国人だった。
合宿中は一切のコミュニケーションが禁止されていたので、10日間で外国人参加者全員の顔は覚えたものの、彼らがどこの国から、なぜここに来たのかについては最終日までは分からなかった。
最終日になってやっと会話の許可が出され、お互いのバックグラウンドやこれまでとこれからの旅程、そして合宿での体験についてを共有できた。
それまで一切話したことがなかったのに、不思議とその場には共に何かを乗り切ったような一体感があった。
それは外国人同士だけでなく、言葉が通じないカンボジア人参加者たちとの間でも同じだった。

翌朝、施設からバスが手配され、家族や友人の迎えがない外国人参加者はみんなそれに乗って街へ戻っていった。
俺はバイクで来ていたので、そのまま少し付近を観光してから街へ戻ることにした。

岩を削って作られている途中の仏像

今日は何人かの参加者と夕飯を食べる約束をしていたので、夕方になってホステルから街の中心地のレストランへ向かった。
そこにはカナダ人のVもいて、イギリス人のRと二人で同じホステルにいるから明日から君も来ないかと誘ってくれた。

Vはタイからカンボジアへ入り、この後はベトナムを目指しているらしく、俺がベトナムからバイクで来たことに興味を持っていた。
というのも、やっと今日郵便局で一ヶ月前に家族から送られた荷物を受け取ったらしく、その中に国際免許証も入っていたそうだ。

俺はこのままバイクでシェムリアップまで向かおうと考えていたが、これもなにかの縁だと思い彼にバイクを譲ることにした。
それにベトナム・ラオス・カンボジア間は簡単にバイクで国境を越えられると聞いていたが、どうやらタイへはそれができないらしい。
シェムリアップの後はバンコクへ行くつもりだったし、それならば機会があるうちに手放していたほうが賢明だろう。

最後に撮ったバイクの写真

Vとの話がまとまると、隣で話を聞いていたRが、「それなら俺と一緒にシェムリアップまでヒッチハイクしよう」と誘ってくれて、バイクを引き渡した後は彼と行動を共にすることにした。
Rはイギリスで大学を卒業したあと、数ヶ月間働き、数ヶ月間海外で旅をするというのを2年間繰り返しているらしい。
今回はオーストラリアから始めて、日本、タイを訪問したあと合宿に参加するためにカンボジアに入った。
この後ビザが切れるまでの2週間をカンボジアで過ごした後ベトナム、ラオスに向かうようだ。

Vがバイクでベトナムへ立ってから数日間、俺達は引き続きバッタンバンの街で過ごすことになった。
特に見るものもすることもないこの街が、不思議と居心地が良く気に入ったのだ。
朝起きてシャワー代わりにホステルの中庭にあるプールに飛び込み、目的地もなく街を散歩する。
適当なカフェに入って日が暮れるとレストランへ向かう。
なんの刺激もないそんな生活を少し繰り返した。
意味のないことに思えるがもしかすると、合宿で失った日常生活の感覚をそうやって取り戻していたのかもしれない。

バッタンバンにあるお寺の敷地

数日間外界での日常生活に慣れるための期間を設けた後、遂にヒッチハイクでシェムリアップへ向かうことにした。
はじめに街の大通りに出て、行き交う車に手を上げたり振ったりしていたが、ここではヒッチハイクは珍しいのか、運転手たちは時々手を振り替えしてくれるだけで止まってくれなかった。

これはもしかしてヒッチハイクしていることすら分かっていないのでは、と考え俺達は分かりやすい看板を作ることにした。
看板に使える大きな紙を探して街を歩いていると地元の小学校があり、その前には屋台が並んでいた。
お腹が空いた俺達は看板作りを後回しにして、先に屋台で昼ご飯を食べることにした。

ご飯を食べていると、屋台のおじさんがクメール語で話しかけてきた。
翻訳アプリを使用しながら話していると、これからどこに行くのかと聞かれ、ヒッチハイクでシェムリアップに行くと伝えた。(ヒッチハイクの概念を説明するのに苦労した。)
目的地を書く大きな紙が欲しいと伝えると、おじさんはすぐに子どもたちを使って段ボールとペンを持ってこさせ、彼がクメール語で何かを書いてくれた。
クメール語が読めない俺達は、恐らくシェムリアップと大きく書かれた段ボールを受取り、おじさんと子どもたちに礼を言ってヒッチハイクを再開した。

街の大通りよりも、外れにあるシェムリアップ方面に向かう道で立っていたほうがいいだろうと考えて場所を移動した。
看板を上げて一人ずつ交代で立つことにすると、行き交う車は止まって話を聞いてくれるか、看板を読んで首を振ったりして反応を見せてくれることが多くなった。

始めてから30分ほどで、遂に乗せてくれる人を見つけた。
シェムリアップに住んでいて、これから帰るところだという4人の家族連れだ。
車を停めてくれた運転手のラクスミー、助手席には彼よりも少し年上に見える妻。
そして7歳か8歳くらいの男の子二人が後部座席に座っていて、俺達はバックパックと一緒に子どもたちを押しつぶしながら乗り込んだ。

バッタンバンからシェムリアップは160kmくらいで、車だと3時間くらいの距離だ。
何台か乗り継ぐ必要があると思っていたが、やはりどちらもカンボジア有数の都市だからか、行き来する人が多いのかもしれない。
これなら暗くなる前にはシェムリアップに着きそうだ。

ラクスミーはほとんど英語を話さなかったが、翻訳アプリを使えばコミュニケーションにはほとんど問題はなかった。
彼はとても優しかった。
シェムリアップではどこに泊まる予定か聞かれて、まだ探していないと伝えると、家に泊まるといいと言ってくれた。
車に乗せてくれただけでなく、家にまで招待してくれたのだ。

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