バッタンバンでヒッチハイクしていた俺たちを拾ってくれたラクスミーは、シェムリアップまで乗せてくれただけでなく、街の外れにある彼の家に泊まるといいと招待してくれた。
はじめは目も合わせてくれなかった子どもたちも、シェムリアップに着くまでには打ち解けて一緒に遊んでくれるようになった。
ちょうど日が暮れ始めた頃、シェムリアップの中心地から少し外れた住宅街にあるラクスミーの家に到着した。
近くには市場もあって、沢山の地元の人で賑わっていた。
彼の家はリビング、ダイニングと、子どもたちの寝室と夫婦の寝室の二部屋があるシンプルな作りだった。
家自体は大きくはないが、敷地は広く、車が5台くらいは優に停められそうな広さだ。
俺達はリビングの床で十分だと何度も伝えたが、彼はぜひ寝室の一つを使ってくれと言って引き下がらなかった。
俺達はありがたく、その好意を受け取った。
翌日ラクスミーは子どもたちを送ってから仕事に向かい、俺達は近くで自転車をレンタルして街を散策することにした。
瞑想の合宿で出会ったドイツ人のKから連絡があり、午後からは三人で街を観光した。
彼は合宿を終えるとすぐにシェムリアップへ向かったので、既にアンコールワットも訪れたようだ。
2週間後にハノイへ向かうまでここで過ごす予定だという。
シェムリアップはアンコールワットがあるから、恐らくカンボジアで一番有名な観光地のはずだ。
しかし訪れてみると観光客で溢れているという印象もなく、落ち着いていて居心地が良かった。
後で知ったことだが、コロナの影響で観光客がまだ以前ほどに回復しておらず、こんなに閑散としている街は珍しいらしい。
コロナ禍では沢山の人が仕事を失い、厳しい生活を強いられていたようだ。
夕方、仕事から戻ったラクスミーから連絡があり彼の家へ戻ると、既に夕飯を用意してくれていた。
俺達は好意を受け取るばかりじゃ悪いと思い、デザートにフルーツとチョコレートを買ってきた。
明日から仕事で家族を連れてプノンペンに行くので、また2日後から泊まりに来てくれと言われ、翌朝荷物をまとめて彼の家を出た。
一人で滞在しているKを呼んで、三人で中心地のホステルに滞在することにした。
俺達が選んだホステルはコロナが終わってからオープンしたばかりで、設備も綺麗で中庭にはプールがあった。
何より素晴らしかったのは、オープンしたてで認知を広めるためにタダ同然の価格になっていたことだ。
それから2日間俺たちは、アンコールワットに行くこともなく、三人でホステルのプールで泳ぎ、カフェでゆっくりしたり、自転車で街を見て回ったりして過ごすことした。
2日後ラクスミーから連絡があり、また家に招待してくれたかと思いメッセージを確認すると、「今月の給料がまだ支払われておらず困っている。300ドル貸してくれないか。」と書かれていた。
返す言葉が見つからなかった。
300ドルは大金だ。カンボジアでなら尚更だろう。
Rにこのことを話して、少し考えてみることにした。
正直なところ、俺たちは彼を助けないといけないと思うより先に、この話自体を疑っていた。
というのも彼の家に泊まり、その暮らしぶりを見るからに、300ドルに困る人間にはどうしても思えなかったからだ。
それに給与が振り込まれず困っているからといって、数日前に会ったばかりの外国人に助けを求めるのは腑に落ちない。普通なら親しい友人や家族に助けを求めるだろう。
しかし、もしこれが嘘で、俺たちから金を騙し取ろうとする詐欺だとすると、やり方が中途半端すぎると思った。
本当に騙すつもりなら俺たちが彼の家に泊まっている間に一芝居うって直接頼むべきだっただろう。
それに彼の車に乗ってから彼の家に泊まっている間、彼はずっと親切だったし、その親切さの裏に悪意があるとは全く考えられなかった。
結局この話が嘘か本当かは分からないが、俺たちはお金は一切貸さないことにした。
ラクスミーにもそう伝え、彼の家にはもう行かないことにした。300ドルに困っているならゲストを迎えている場合ではない。
それから彼からの連絡は途絶えた。
なんだかこの話を持ちかけられたこと自体が残念で、子どもたちにももう会えないのが寂しかった。
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